冬の山里に残る、占いという暮らしの記憶
馬上のクダゲエ
歴史・文化
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2026.1.2
粥の状態で占う?合理性を超えて暮らしに息づく、年占いのかたち
冬の山里に、静かに続いてきた不思議な行事があります。倉尾地区の馬上(もうえ)集落内、諏訪神社で行われる「馬上のクダゲエ(管粥)」です。名前だけ聞くと想像がつきませんが、管に入れた粥の状態から、その年の天候や作物の出来を占う伝統行事です。派手さはありませんが、準備から当日の所作まで、ひとつひとつに意味があります。合理性では説明しにくく、初めて知る人ほど「なぜだろう」と引き込まれます。『平成の名水・毘沙門水』も湧き出るこの集落にて、自然と共に生きてきた暮らしの感覚が、今も形として残っている、山里ならではの文化です。
集落に受け継がれてきた、県指定無形民俗文化財
馬上のクダゲエは、1月14日の夜に管を入れたおかゆを火にかけ、その管を夜の間祭壇にまつり、15日の朝に占う粥占いの行事です。集落に伝わる行事として、埼玉県の無形民俗文化財にも指定されています。占いに使う材料は地域で用意され、火加減や粥の炊き方にも細かな決まりがあります。結果は、その年の農の指針として受け取られてきました。近年は少子高齢化の影響で担い手が減り、簡略化や消滅の危機も現実的なものとなっています。そのため現在は、映像や文書による記録保存も進められ、行事の背景ごと未来へ残そうとする動きが続いています。
次の世代へ手渡すために
この行事を支えているのは、特別な誰かではなく、馬上集落に暮らす人たちです。役割を分担し、できることを持ち寄りながら、毎年当たり前のように準備が進められています。その姿勢にあるのは、「続けること」への強い意志というよりも、「失くしたくない」という静かな想いだと感じられます。外から見れば小さな行事かもしれません。それでも、記録し、語り、体験として残していくことで、次の世代が選択できる余地を残します。山里の文化は、そのようにして手渡されてきました。

